賞味会司会

私が『披露宴』の司会と同じくらいに、毎回ワクワク心を躍らせたのが『賞味会』の司会でした。
ホテルの主催で、人気を博している有名なシェフを招き、お料理とトークを楽しんで頂くというもので、
どの賞味会も毎回大盛況で、チケットはほとんど完売という状況でした。

私は、1995年、当時「料理の鉄人」という 料理人対決のテレビ番組で一躍注目を集めた
「鉄人坂井」こと 坂井宏行シェフ に始まり、以来約10年間、ヌーベルキュイジーンヌの石鍋 裕シェフ
ヌーベルシノワの 脇屋友詞シェフ、無国籍料理の熊谷喜八シェフ、ワインのソムリエ 田崎真也さん 等々
本当にたくさんの方々の「プロの技」を、まじかで拝見させて頂きました。

どの方もおしなべて、温和で、優しく、紳士的で、テレビなどで拝見するイメージどおりでしたが
一旦バックヤードに入って、スタッフの人達に支持を出す段になると、そこはまさしく「プロの世界」で
それぞれが築き上げ、そして極めてきた「プロの力」がスパークするような「迫力」をいつも感じました。
私は、そうした現場の、何とも言えない「高揚感」が大好きでした。

『賞味会』のお仕事を頂く度に、私は必ず前もって、そのシェフのお店に伺いました。
仕事にかこつけて上京するのはいつもの事ですが、当時の仙台には、残念ながらどのお店もなかったので、
「司会をする以上は、一度はきちんと食べておかなければ・・・」と意気揚々と出掛けて行きました。
実はこれも『賞味会』の仕事の「醍醐味」でした。

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酒井シェフ賞味会.JPG

エピソード1

そうした中で、ある時こんなことがありました。
脇屋友詞シェフ の賞味会の司会を、担当させて頂く事になった時のことです。
いつものように私は、「司会をする以上は、一度はきちんとシェフの料理を食べておかなければ・・・」と
横浜のホテルにある、脇屋シェフのお店に赴きました。

ところがいざ行ってみると、お店の入口は長蛇の列。しかも並んでいるのは全員が予約をした方たちばかり。
私は、そのお店がいつも予約で一杯なことも知らずに、予約なしでノコノコと出掛けて行ったのです。
しかも私たちは、その日の内に仙台に戻らなければならず、どうしてもその時でないとダメだったのです。

「どんな席でもいいので、お願いします!!」 私は受付で、必死にお店の人にうったえました。

「どんな席でもいいので!!」といった時の、お店の方の「本当に?」という何とも言えない顔や
満員のお店に中で、その席だけ空いていたというのも、後から考えれば納得出来るのですが、
とにかくその時は「背に腹は代えられぬ」状況だったのです。

そして・・・私たちが案内されたのは・・・・
通称『恋人たちの席』と言われる、フロアの中央にある『特別席』でした。
そこは、他の席より一段高くなっていて、二人用の丸テーブルは、そこだけレースのカーテンで囲まれ、
まさしく『恋人たちの特別席』でした。

結局私たちは、その席で、レースのカーテン越しに、店内のお客様からの視線を全身に浴びながら、
まるで鳥かごの中に居るような気持ちで、食事をしました。

私は、仙台の賞味会で予定されていた「季節のランチ」を、そして同行したもう一人の人は
「ラーメンを食べれば、その店の腕がわかる」などと負け惜しみを言いながら「中華そば」を頂きました。
実は、案内された『特別席』の席料が予算オーバーで、1人だけ「らーめん」になってしまったのです。
お料理の味は・・・勿論美味しかったのだろうと思いますが、思い出そうとすると、今でも汗が出てきます。

実は、この話には、後日談があります。

いよいよ仙台での脇屋シェフの賞味会。
当日登場したお料理を見て、私は「これおいしかったです!!」と思わず言ってしまったのです。
脇屋シェフがその言葉を聞き逃すはずはなく、「えっ?いつ食べたの?」
「実は先日、横浜のお店に伺い、特別席で頂きました」と白状すると、
「もしかして、ラーメンとランチを食べた?」とシェフ。

これには、さすがの私もびっくり。「え~っ!!どうしてご存じなんですか?」

シェフいわく『予約なしで来店し、恋人たちの特別席で、ラーメンとランチを食べた二人』というのは
後にも先にも私たちだけだったようで、しばらくお店の中で語り草になっていたとのこと。

「まさかその張本人に会えるなんて」とシェフも、周りのみんなも大爆笑。
顔から火が出るほど恥ずかしかったのですが、この事があって、初対面のシェフともすっかり打ち解け、
以来シリーズになったシェフの賞味会でお会いする度に「特別席の長野さん」と声をかけて頂きました。

あの『恋人たちの特別席』は、今でもあるのでしょうか?
今思い出しても汗がでる、でもなんとも懐かしい思い出です。

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エピソード2

『賞味会』での『汗のでる出来事』は、他にもいくつかあります。

実は私は『食べること』は大好きなのですが、『作ること』はあまり得意とは言えません。
ところが、無国籍料理でお馴染みの 熊谷喜八シェフ の賞味会では、どういう訳か
必ずエプロンをさせられ、ステージ上で、シェフのアシスタントをさせられるのでした。

「長野さん! お鍋に入ってるソースを 焦がさないようにかき混ぜといて」
「長野さん! これにコショウをちょっとだけ振って!!」
「長野さん! 仕上げにそこのクレソンのっけて!!」

普通の人なら簡単に出来るような事なのですが、なにせ普段やりつけていない上に、
一段高いステージで、200人以上のお客様を前に、超有名なシェフのお手伝いをするわけですから
さすがの私も、ロボットのようにカチンコチンの動きになってしまうのです。

本人は、シェフに言われた通り、一生懸命にソースをかき混ぜているつもりなのですが、
火加減を見ずにやるものですから、結局ソースを焦がしてダメにしてしまったり、
コショウを振っているつもりが、まわし方が逆で全然出てこなくて、
慌てて強く回したら、今度はふたが外れてコショウを全部こぼしたりと、
まるでへたなコントのように、やることなすこと失敗ばかりで、毎回大汗をかいていました。

そんな時シェフは「君はエプロンは、よく似合うのにねえ~」と、優しく?慰めて下さいました。
私が悔しがって、「私の仕事は、お料理を試食して感想をいうことです!!」などと減らず口をたたくと、
シェフは今度は「課題」を出してきます。

「君はしゃべりのプロなんだから、試食した感想を『美味しい』という言葉を使わずに表現しなさい!!」
「もし『美味しい』と言ったら、一回につき100円の罰金ね!!」と笑いながら言うのです。

この特訓にも汗をかきましたが、お料理を口に入れた瞬間の食感や、香り、風味などをどう表現するか
「しゃべり」を仕事とするうえで、それはとてもいい勉強になりました。
お陰様で5回あった熊谷喜八シェフの賞味会で「一回につき100円の罰金」は一度も払わずにすみました。

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エピソード3

「私は美味しいものには目がなくて!!」というと
「じゃあきっとお酒もイケる口なんでしょうね!!」とよく言われるのですが、
実は「薄めの甘いものならほんの少し」という程度で、乾杯のビールを飲み干したことが今までありません。

「もうそれだけで、人生の半分損してる!!」と のん兵衛の友達によく言われますが、飲んで加減が悪くなるよりは、
美味しいくお料理を頂くだけで本人は満足なのですから、傍で言うほど、損しているとは思わないのです。


syoumikai_9.jpgそんな私が、どういう訳か、ワインのソムリエ 田崎真也さん の賞味会を引き受けてしまいました。
ホテルの総料理長の作ったお料理と、田崎さんがセレクトしたワインを楽しむという会で、
200名分のチケットは、発売と同時にソウルドアウト!!お客様の関心の高さが伺えます。

お料理の試食はあっても、まさか司会者がステージの上で、ワインを飲むことは無いだろうと、
たかをくくっていた私に、ホテルの担当者から「長野も一緒に飲むように」というお達しがありました。

飲める口であれば、「仕事で飲めるなんて、なんと美味しい仕事!!」と思うのでしょうが、
なにせ「イケない口」なのです。
ましてや、ワインの「ワ」の字も知らないのです。この時ばかりは、本当にどうしようと思いました。

そしてその日から賞味会までの1ヶ月 「ワイン」との戦いが始まりました。

まず初めに、田崎さんが書いた本や「ワイン入門」などという本を買ってきて、ひたすら読みました。
学生時代でも、こんなに勉強したことはないだろうと思うほど、必死で勉強しました。
また田崎さんが出ている番組を録画して、田崎さんのお話などをチェックしました。

更に当日予定されているワインのリストを手に入れ、ワインの産地や年代、のみくちなど
できるだけ近いものを、ワインの専門店に行って探し、買ってきました。
象牙のワインオープナーや、ワイングラスも何種類も買って、本当にワイン!ワイン!の毎日でした。
とはいっても、私は香りを嗅いで、ちょろっと舐める程度で終わりですから
当時一番いい思いをしたのは、その後ご相伴にあづかる、ワイン好きの家族だったと思います。

そして迎えた賞味会当日

私は、大学受験に向かう受験生のような気分で、会場に入りました。前の晩もほとんど寝ていませんでした。
手には、衣装や化粧道具の他に、ワインの資料を詰め込んだ大きな紙袋を持って行きました。
おそらく、いつになく、殺気立っているものが私にあったのだろうと思います。
会場で会う人ごとに「長野さんどうしたの? なんだかいつもと感じが違う」と言われたのを覚えています。

そして、ついに あのワインのソムリエ 田崎真也さんに会ったのです。

「初めまして、司会の長野です。今日は宜しくお願いします」と型どおりのあいさつをした後
私は思い切って言いました。

長  野「田崎さん、実は私 ワイン飲めないんです!!」
ソムリエ「おやおや、飲めない人が司会なの? それは面白い。で 飲むとどうなるの?」
長  野「絡みます!歌います!踊ります!」
ソムリエ「そうか わかった!!」

あ~よかった~ やっぱりいい人だあ~ これで大丈夫だあ~ その時はそう思いました。


いよいよ本番

賞味会の幕が開き、オープニングの挨拶のあと、田崎さんをステージに呼び込みご挨拶を頂き
そして、一品目のお料理がお客様全員に行き渡ったところで、田崎さんと食前酒のグラスを合わせ、
声高らかに「かんぱ~い!!」と言って ひと口舐めたところで・・・・田崎さんが言いました。

田崎さん「長野さん それじゃ飲んだことにならないよ!! 」
長  野「えっ?」
田崎さん「ワインは飲んだ時に立ちあがる香りが命なんだよ。ゴクンてひと口飲まなくちゃ!!」
長  野「え~~~~っ?やられた~~~~!」

もう飲むしかありません。あとは野となれ山となれ!!

料理が出るたびに、その料理に合わせたワインを、ステージで思いっきり、ひと口「ゴクン」と飲む
私が飲んだ感想を言って、田崎さんがワインを紹介して、ステージを降りる。
コレをお料理の数だけくりかえしました。

当然のことながら、段々気持ちが良くなってきました。
舌の調子もいつになくなめらかになってきました。
田崎さんとのやり取りも、段々興がのって来て、予定にないインタビューまで飛び出しました。
あともう一口飲んだら、私は本当に歌いだしていたかもしれません。そんな感じでした。
ステージの袖で、スタッフが心配そうな顔でこちらを見ているのがわかりましたが
そんなことは、もうお構いなしでした。

そして賞味会は、満腹感と和やかな笑いのうちに、大成功に終わりました。
会場のドアのところで、最後のお客様を真っ赤な笑顔で送り出し、
スタッフの皆さんに「お疲れ様でした~!!」と言ったところで、私の意識はとびました。

気がつくと、私はホテルの打ち上げ会場の椅子に寝かされていました。
眠っていたのは30分位だったようです。打ち上げ会場は大いに盛り上がっていました。

目が覚めた私に田崎さんが気がついて、冷たいタオルと氷水を持ってきてくれました。

「本当に飲めなかったんだね。でも、よく最後まで頑張ったね!! お疲れ様!!」

田崎さんから頂いたこの言葉は、私の宝物のひとつになっています。
そして今では、ワインが少し飲めるようになりました。 (めでたし めでたし)